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名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)1643号 判決

原告 大串兎代夫

被告 学校法人名城大学

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し昭和三六年二月一日以降同年九月末日まで毎月金四七、五〇〇円の割合による金員及び金二三七、五〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、原告は被告の経営する名城大学の教授であつて毎月金四七、五〇〇円の給与(本俸金四二、七〇〇円、扶養手当金四、八〇〇円)を受ける者であるが、被告は昭和三六年二月一日以降同年九月末日までの給与を支払わず、且つ一般教職員に対し昭和三四年一二月年末手当として給与の一ケ月分、昭和三五年六月夏期手当として給与の一ケ月分、同年一二月年末手当として給与の一ケ月分、昭和三六年六月夏期手当として給与の二ケ月分を支給しているに拘らず、原告に対しこれを支払わない。よつて原告は被告に対し昭和三六年二月一日以降同年九月末日まで一ケ月金四七、五〇〇円の割合による給与及び前記手当合計金二三七、五〇〇円の支払を求めるため本訴に及んだと陳述した。

理由

原告が学校法人名城大学を被告とする本件訴訟において同大学理事兼松豊次郎を代表者として訴を提起したことは本件訴状の記載に徴し明白である。

そこで職権をもつて、右理事兼松豊次郎に被告学校法人名城大学を代表する権限があるか否やを考察する。

私立学校法第三七条第一項に「理事はすべて学校法人の業務について学校法人を代表する。但し寄附行為をもつてその代表権を制限する事が出来る」旨の規定が存在するところ、本件記録編綴の書類によれば、被告学校法人名城大学においては右規定の但書に基づき寄附行為第一〇条に「理事長以外の理事はすべてこの法人の業務についてこの法人を代表しない」旨規定し、同大学の登記簿には理事の代表権の制限としてその旨の登記があり、且つ理事長として田中寿一が登記せられていたが、右田中寿一は昭和三五年一一月一一日死亡し、その旨登記せられ、その後被告学校法人名城大学においては後任の理事長の選任がなされていないことが認められる。

右の如き寄附行為、登記の存する学校法人において同法人を代表する理事長が死亡した場合に、学校法人を代表すべき権限を有する者を欠くと解すべきか、又は理事長に非ざる他の理事が代表権限を有するものと解すべきか、これが本件において問題となる

民法における法人の理事の代表権について民法第五三条は「理事はすべて法人の事務につき法人を代表す。但し定款の規定又は寄附行為の趣旨に反することを得ず」と規定し例外的に定款又は寄附行為をもつて理事の代表権を制限することを認めている。民法における財団法人において右但書に基ずき寄附行為をもつて法人の代表権を理事の一人に制限した場合にその代表理事が死亡したときは、他の理事が代表権限を有するに至るものと解するを相当としよう。何となれば民法の法人の理事は本来各自代表を原則とするが故に、例外的に理事の一人に代表権が制限せられたときその理事が死亡すれば、その制限は当然に解除されて原則に戻るものというべきであるからである。

しかし此の理は学校法人においても同様であると簡単に解釈することは相当でない。何となれば、民法においては法人の理事に加えた代表権の制限は登記事項とされていない。従つて、民法第五四条において理事の代表権に加えた制限は善意の第三者に対抗することができないとしてその制限を知らざる第三者を保護する規定を設けている。これに反し、学校法人においては私立学校法第二八条第一項、同法施行令第一条第七号により学校法人の理事の代表権を制限した場合にはその制限規定を登記しなければならない旨規定し、同法第二八条第二項によりその登記後は第三者に対抗することができる旨を規定している。これは代表権の制限をもつて必要的登記事項となし、その登記をもつて善意悪意を問わずすべての第三者に対抗することができるものとなしたものである(尤も私立学校法第四九条は民法第五四条を準用しているが右規定は登記前における代表権に加えた制限につき準用されるものと解すべく、前記解釈と矛盾するものではない。)

右の如く民法第五三条と私立学校法第三七条とは理事の代表権並びに代表権の制限について同趣旨の規定をしているものと認められるが、学校法人の代表権に加えた制限は必要的登記事項としてこれを公示すべきことを義務付け、その登記あれば善意悪意を問わずすべての第三者に対抗し得る効力を有するところからみれば、学校法人における制限代表者の地位は民法のそれと性質を異にし、対外的に学校法人を代表する機関に固定されたものというべきであるから、かかる代表者が死亡その他の事由により欠員となつたときは他の理事において当然に代表権限を有するに至るものとは解されない。即ち、かかる場合は法人を代表する権限を有する者を欠くに至つたものと解するを相当とする。

よつて、本件において理事長田中寿一の死亡により被告学校法人名城大学は代表者を欠くものというべきであるから原告はかかる被告を相手方として訴訟を提起するには民事訴訟法第五八条、第五六条の規定により特別代理人の選任を申立てこれを代表者として訴を提起続行すべきものである。この解釈に従つて当裁判所は原告に対し特別代理人選任の申立をなすべき補正命令を発したのであるが、原告はこれに応じないので結局原告が被告の代表者とした理事兼松豊次郎は代表権限を欠缺するから原告の訴は不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉)

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